幕末異聞


そんな微妙な空気の中、気がつけば離れの屋敷に着いていた。

女は楓をつれたまま玄関の戸を何の断りもなしに開ける。

屋敷に入り、女はピタっと中から明かりが漏れている部屋の前で留まった。


「芹沢はん、連れてきましたよ」

「お梅か。入れ」

入室の許可を得た女は丁寧に襖を開ける。


開けた瞬間、酒独特の強烈な匂いが楓を襲った。

(酒クサっ!)


「随分早えじゃねーか楓。まぁいい。早くこっちに来い!」



「……はぁ」


そこには相当酒を飲んでいるのか、徳利を片手に持ち、顔を真っ赤にした芹沢がいた。

「芹沢はん、うちにはなんも言ってくれはりませんの?」

少し口を尖らせ、悲しそうな顔をする女。

「おお!!お梅、道案内ご苦労だったな!
こっちへ来て酒を注いでくれ!」


「あの…まだ飲むんですか?」


楓がこう言いたくなるのも無理は無い。部屋には、裕に二十本を越える徳利や酒瓶が転がっていたのだ。

「わははは!!こんなの飲んだ内に入らん。
ほれ、お前も飲め!」

上機嫌の芹沢にお猪口を渡され、楓は困った。

なぜなら彼女は酒を飲んだことがなかったからだ。


しかし、楓の性格上、舐められたくないと思う気持ちが躊躇いの心に打ち勝った。


「いただきます」


そう言って刀を脇に置き、芹沢と対面する形で座った。