幕末異聞




9月の残暑は厳しいと言ってもそれは日中に限ったことで、夜は大分涼しくなっている。

秋の訪れを告げる鈴虫の声を聞きながら、楓は芹沢との約束を果たすため、八木邸の離れに向かって歩いていた。

時刻は午後九時を回ったくらい。

あまり遅くなっても良くないだろうと楓なりに気を遣ってのことだ。

隊士たちは夜の見回りも終えて各々好きなことをして過ごしていた。

屯所から離れまでの道のりはほんの十分程。

しかし、明かり一つ無い、暗い道のりのため足元が見えず、なかなか前に進めない。
堤燈を持ってくるべきだった。と後悔しながらも少しずつ前へ進んでいく。


すると、離れの方角から一つの光が楓の方に近づいてくる。



「誰や?!」


楓は火の玉のようにゆらゆら揺れる光に向かって威嚇した。



「そんに物騒なもん向けんでほしいわぁ」



「なんやて?」


楓は堤燈に照らされた自分の姿を見る。
そこには条件反射で抜刀の構えをとる自分がいた。


「あんたが楓はん?
なんだか…薄汚いお嬢さんやなぁ」


とても艶のある女の声。声だけでも十分色気がある。

「……薄汚い…」