幕末異聞



「副長、山崎です」


「入ってくれ」


襖の向こうから聞こえる声に土方は自室への入室を許可した。


襖が静かに開かれ、そこには礼儀正しく正座をした山崎蒸がいた。


彼は元々平隊士であったが、新撰組発足にあたり正式な監察方として任に就いていた。

主に、攘夷志士の動向を探ったり、隊内に怪しい人物はいないか調査するのが仕事である。
土方の右腕といっても過言でないほど、彼は上司に忠実に仕えた。また、土方も彼の持って来る情報を信用していた。



山崎蒸という男は、大阪の生まれであり、生家は医者で医学と薬の知識を持っているため、隊士達の軽い怪我の治療は彼が請け負っていた。


山崎に背を向けて煙管をふかしながら文机に向かっている土方に報告の内容を話し始めた。


「赤城楓のことですが、一日を通して特に変わったところや怪しい行動はありませんでした」



「…そうか。悪いが、もう少し様子を見ててくれ」

背を向けたまま土方は静かに言う。

「はっ」

山崎は短く返事をすると、部屋を出て行こうと立ち上がった。



「山崎君。君の集めてくれた情報で、あの件はうまくいきそうだ」

立ち上がった山崎は立ったまま土方の背中を見つめた。

「それはよかったです」

無感動にそれだけ言い残し、山崎は土方の部屋から消えていった。


誰もいなくなった部屋で土方は一人、

「もう後戻りはできねーよ」

と呟いたのは誰も知らない。