「一つだけ」 後ろからの声に耳だけ傾ける。 「あなたは長州藩士ですか?」 今度は体ごと向き直る。が、両者暗くてお互いの顔が見えない。 そんな中女は、 「そないくだらん枠に入った覚えはない。ただの流れの浪人や。ほな、夜道には気をつけやお嬢ちゃん」 それだけ言い残し女は闇の中へ消えていった。 「一応男なんですけどね…」 ――文久三年(一八六三年) 八月三十日 これが初めの出会いだった。