幕末異聞



楓は一人鴨川を離れある場所へ向かっていた。

片手には酒壷いっぱいの酒を持ち、白い玉砂利の道を歩いていく。
冬とは違う南風の軟らかい暖かさを頬に受けながら迷わず進む。
やがて、真っ直ぐ前を見据えて歩いていた楓の足が止まった。



「…久しぶりやな」


微笑む楓の目線の先に人の姿はない。
そこにあるのは人の手によって形を整えられた大きくて立派な石。楓はその石に近づき、酒壷の栓を抜いておもむろに中に入っている酒を石の上からかけた。
石の全体が黒っぽく変色したのを確認し、残った酒は勢いよく自分の喉に流し込んだ。



「あんたこの酒好きやったろ?芹沢」


ぐいっと口元を着物の袖で拭いながら懐かしい名を呼ぶ。


――楓は芹沢の墓を訪れていたのだ


「色々あって最近なかなか来れんかったからなぁ。今日は奮発してやったんや。感謝してもらわな」

墓石の前に胡坐をかき、まるで人と会話するかのように話しかける。初めての冬を越した芹沢の墓の周りには、名も知れぬ緑の草が所々生えていた。

「あんたには雑草が似合うからこのままにしとくわ。
あ!そうや」


楓は袖から手を突っ込み、袂を探る。


「これはお梅に。どうせあんたん所に一緒にいるんやろ?」

楓が墓石の前に置いたのは先ほど鴨川で手に入れた小さいながらも立派に咲き誇る桜の小枝だった。


「気が付いたら梅の時期終わっとったんでこれで勘弁してや」

モノクロで寂しかった墓石には、色鮮やかな桜の桃色がとても映えていた。
楓はしばらく黙って墓石と睨み合う。



「…きっとこれから色々なことが大きく変化する。
新撰組(ここ)はどうなるかな?」

上目遣いで墓石に答えを求めるが何も帰ってこない。

「ふふん。まぁ、知ったところでどうこうできるわけやないけどな」

楓は墓石の前で仁王立ちをして鼻で笑った。

「うちは自分が守りたいもん守るだけや。せやからしっかり見守っとけ!
仏さんやら神さんやらは信じんけど、あんた等だけは信じるわ」

楓はにっと笑顔で墓石から離れた。





――そして彼女は再び前を向いて歩き出す