幕末異聞



「あー!ちょい待った!!」

暖簾を半身潜ったところで楓は慌ててお滝を止めた。

「どうしたの?」

「いや、今日は一人じゃないねん」


「……あらまあっ!!」


お滝の視線は楓の後ろの男で止まった。


「ど…どうも」

ニコッと笑った山野の顔は歌舞伎役者のようにお滝には見えた。

「まあまあ楓ちゃん!!かっこいい人捕まえたなぁ!まるで歌舞伎役者じゃない!」

「いやいやお滝、違うねんて!普通に同僚や!!」

「え?同僚??」

興奮するお滝は同僚と聞いて一気につまらなそうな顔になる。

「なんだ〜。てっきり恋人かと思った!」


「はは…同僚の山野八十八です」

山野は今まで、同僚という言葉をこれほど寂しく感じたことはなかった。


「山野さん?それにしても美男子ね〜!この前のお侍さんも負けず劣らずの美人だったけど」


「え…?この前…って……」

「あいつは顔詐欺や。山野君。葛餅好きか?」


「はっ!あ…はいっ!!」

山野はお滝の最後の言葉が気になったが、楓の呼びかけに一旦考えるのを中断する。

「じゃあ葛餅二つ頼むわ」

「おおきに」

お滝は今度こそお勝手の中に消えていった。
楓はいつも店が混む時間を避けてやって来るので、今日も客はほとんどいない。

「ここでええか?」

「は、はいッ!!」

楓と山野は一番奥の端にある座敷に腰を下ろした。