幕末異聞



「本当にどこに行っちゃったんだろう…」


結局、永倉の部屋にも原田の部屋にも山野はいなかった。縁側に腰を下ろし、彼の行きそうな場所を考える沖田。


「やあ総司!」

背後からハキハキした声で沖田を呼んだのは、彼を幼い頃から知る六番隊組長・井上源三郎であった。

「源さん!!」

「またこんなところで油を売って。たまには稽古に顔を出したらどうだ?」

「あはは!いずれ出します!」

「またお前は。その言葉何度聞いたか!」

「ははははッ!!」



沖田と親しげに話す初老の男・井上源三郎は生粋の近藤支持者といえる。
近藤が武州の試衛館道場を任される以前から道場に出入りしていた。つまり、井上は近藤や土方・沖田の兄弟子に当たるのだ。土方・沖田などは、井上から剣術の基礎を習ったと言っても過言ではない。沖田にとって井上はよき兄であり、親のような存在でもあった。



「よっこらしょ」


井上は沖田の隣に腰を下ろした。

「ふふ。いい天気ですね〜」

八木邸の庭の雪は光を浴びて水滴を落としていた。
もう少ししたら冬が終わるのだ。


「どうかしたのか?」



「…なんでかなぁ」

「?」

「それ。土方さんにも言われちゃったんですよね〜」

沖田は照れ隠しに額を撫でて苦笑する。


「そりゃお前ぇ、歳さんがわからないわけなかろう!」

「何故です?」

「常々思ってるんだが、お前人の事には恐ろしく敏感なくせに自分の事だと本当に鈍感だなぁ」


「…あの、意外と傷つくんですけど」


井上の自分に対する駄目出しをこれ以上言わせないため、沖田は慌てて手で制した。

「本当の事だろ?」


「まぁ…強ち間違いでは…それで?私のどこが鈍感だというんですか?」

沖田の質問に井上はやれやれと業とらしくため息をつく。

「だからよ、歳さんが総司を大事に思ってるってのが解らない時点で既に鈍いんだって!」