幕末異聞



――へぇえっくしゅっ!!


「…おーい、思いっきり唾飛んできたんですけど」

「しゃーないやん。止められんやろ」

「いや手を当てるくらい…って何してんのー!!?」

「いい鼻紙があったから」

「それ俺の羽織の袖だろ!?」

「男なら細かいこと気にすんなや」

「お前が大雑把すぎるんだ!!」

ある部屋の中から聞こえる賑やかな声。声の正体は怒る藤堂と平然としている楓であった。

休みの日には自分から中々動くことのない楓が珍しく藤堂の部屋を訪問していた。


「ったく!何でいつもは引きこもってるのに…。いきなりどうしたんだよ?!」

「ん?火鉢の火を熾すのがめんどくさい」

「そんな理由か!!」

楓の鼻水がべったり付いた羽織を玩具を壊された子どものような顔で見る藤堂。彼にとって楓の訪問は貧乏神が来たのに匹敵するくらい厄介なことかもしれない。

「総司はいなかったの?」

「知らん。なんで総司出てくんねん?」

「いや、だって仲いいじゃん?部屋だって隣だしさ」

「…」

藤堂の問いには答えず、ズズっと楓は出された緑茶を口にする。



「…総司と何かあった?」

「何でそう思う?」


「何でって…去年の暮れあたりから二人が話してんの見たことないし…おかしいんだよ」

「何が?」

藤堂は手に持っている湯のみの縁を親指でなぞりながら言いにくそうに楓を見た。

「この前総司の部屋の掃除手伝ってたんだけど、いきなり俺にこう聞いたんだよ」


“人を斬るのが怖くなった事はないか?”って。


「…」


「その時の総司の顔がさあ、尋常じゃなく怖かったんだよね〜」


「あいつ他に何て言ってた?」


楓の眉間に深い皺が刻まれる。藤堂は一瞬まずいことを言ってしまったのかと思い、少し躊躇う。