二月の終わり。

四条大橋の高札事件以来、討幕派の仕業と思われる大きな事件は現在まで起こっていない。新撰組を潰そうとする無謀な浪人は後を絶たないが、どれも長州藩や討幕派との関係は希薄だった。ここ数週間、そんな何も無い日々が続いた。
唯一の大きな出来事といえば、元号が文久から元治へと変わったことくらいだろう。

この平穏な日々の中、最も暇を嫌う男はウズウズしていた。


「なー!!このままじゃ暇すぎて死んじまうよぉ!!」

「うるっさいっ!!俺は忙しいって言ってんだろうが!他当たれ」

「さいと「断る」

「まだ言い終わってないだろッ!山野!」


「…え?!僕ですか?!」

「山野〜。断れ断れ!」

「新八ッ!黙ってろい!!」


自主稽古の後の道場で掃除をしている四人の男。
永倉・齋藤・原田・そして、現在原田の餌食となっている山野八十八である。
原田はここ数日、捕り物や大きな事件がないため、暇を持て余して苛立っていた。


「断るときは上司であれはっきりと断るのが得策だ」

齋藤一も山野の援護に入る。


「いや…あの〜…」


山野は困り果て、眼を右往左往させていた。


この山野八十八(やそはち)は沖田率いる一番隊の平隊士である。
一番隊に所属しているだけあり、剣術はなかなかの腕前だ。屯所内では、その実力とはまったく不釣合いな美貌の持ち主としてちょっとした有名人であった。



「おい山野、お前歳はいくつだ?」

原田は持っていた箒の柄で山野を指す。

「今年で二十三になります」

少し緊張しているが、山野は原田の質問に丁寧に答えた。

「なるほど。んで、これは?」


「は?」

山野の前にずいっと出されたのは原田のゴツゴツした手だった。何故だかその手は、小指以外の指は全て折られていた。

「これっつったらこれしかねーだろ?!!どうなんだよ?!」