幕末異聞


「人の事に深く突っ込む性質じゃねーけどさ。一度だけ聞く。なんかあったのか?」

永倉の声は子どもに諭す時の様に軟らかかった。
この時、この質問は、上司が部下に仕方なく事情を聞くような機械的なものではないと楓にもわかった。



――永倉は組長ではなく、“永倉新八”として楓と話をしようとしているのだ。


「…」


しかし、それが解ったところで楓の口はすぐに開いてはくれない。
今まで一人でここまで生き延びてきた楓は見栄を張る事しか知らず、人を頼る術など全くわからなかった。
口をへの字にして楓は無言を貫く。

「お前が言いたくないんならいいよ」

永倉のこの言葉は全く嫌味を含んでいなかった。
本当に無理に聞き出すつもりはないようだ。

二人は無言で同時に甘酒を口にする。


「……うちにはわからんのや」

消え入りそうな声で楓が呟いた。しかし、永倉はそんな小さな声も聞き逃さず、次の言葉を待った。


「なんで人間は内面を覗こうとするのか。中身を見た所で残るのは重りだけやないか!そいつの中を知れば知るほど自分の邪魔になるだけやろッ?!そいつが死んだ時に残るのは余計な感情だけやないか!!」


「…」


「邪魔なもんを持って歩いてたって仕方ない。だったら始めからなんも見んほうが身軽でええやないか!」

堰を切ったように楓の口からは言葉が流れ出した。
その言葉たちを一言一句聞き逃さないように楓に集中していた永倉が口を開く。