幕末異聞

屯所に帰った沖田は、着替えることもせず先ほどの出来事を土方に報告するため、副長室に向かった。
土方の了解を得て沖田は襖を開ける。


「!!?」


部屋の中で書類をまとめていた土方は血まみれの沖田を見て険しい表情をする。


「お前…着替えてから来いよ」


「…確かに」

沖田は土方に言われて初めて、自分が血まみれの羽織のままこの部屋に来てしまった事に気がついた。

「そんなに急ぎの用なのか?」

「いえ。そんなでもないです。烏丸五条で浪人二人を斬ってそのままにしてきました」


「…馬鹿ッ!!そりゃ急ぎって言うんだよ!尾方君を呼べ!」

土方は小姓に監察方の尾方俊太郎を呼ぶように命令した。




「…一瞬ですね」



血濡れの羽織を脱ぎながら沖田がポツリと呟く。

「ああ?」

「人の命というものは本当に儚いものだ。こんな刀一刺しで死んでしまうなんて…」

沖田らしからぬ言葉に、土方の鋭い勘が何かを察知した。
仕事の手を休め、文机を背にして沖田と向き合う。

「ぷっ!!どうしたんですか?そんな変な顔しちゃって?」

「お前がどうしたんだよ?」


「はい?」

「お前がどうしたかって聞いてんだ。最近何となくおかしいとは思っていたが、何かあったのか?」

沖田は表情こそ笑っているものの、内心動揺していた。
まさか他人にわかるほど自分の感情が露になっているとは思っていなかったのだ。

「やだなぁ。別になんにもないですよ!」

沖田は懸命に何も考えていないように見せるための素振りをする。土方は笑顔の沖田の様子を伺うようにしばらく見つめた。


「…ふん。お前がなんでもねぇっていうんならそうなんだろ。とにかく、剣が鈍るような事はねーようにしろよ」

「あははは!沖田総司に限ってそんなことあるわけないじゃないですか!では、私はこれで失礼します」


大口を開けて笑いながら沖田は土方の部屋を出て行った。