「山南さん、あんた本当にやってないんだよな?」


沖田が楓を連れて部屋から脱走しているとは露知らず、芹沢らの葬儀は淡々と進められ、太陽が真上に昇る頃には全ての行程を終えた。
隊士は午後から通常通りの勤務を再開するため、邸内を忙しなく動き回っている。

「ああ。私は致命傷になるような傷は負わせていない。それは確かだよ」

襖の向こうを沢山の足音が通過していく。

「じゃあ、間違いなく平間を殺ったのは楓だな」

十二畳の副長室で視線を真っ向から交じわせて話をしているのは、原田と部屋主の山南であった。


「そうだ。彼女が…」


山南が言いずらそうに視線を座布団におとす。原田は、小姓から出された緑茶を一口口に含み、渋い顔をした。

「まぁ、今回は楓が何も言わない限りアンタの失敗は露見しない。楓から何か言い出すことはまず無いからいいとして、問題は感の鋭い土方さんですねぇ」

胡坐をかいた太ももの上に肘を乗せ、頬杖をついた状態で更に渋い顔になる原田。


「彼なら…もう気がついていると思う。きっと、いつか逃げ出すだろうと予想してるんじゃないかな」

「そんなこと冗談でも口にしたらいけねえよ山南さん!!」


自己嫌悪するような言葉を吐く山南に原田は少し大きな声を出した。

「そうやっていがみ合ってたらいつまで経ってもギクシャクしたままだぜ?」


「…いや、すまない。別にそういう意味で言ったわけじゃないんだ。つい、自分に余裕がなくなってしまってね…」



「山南さん…」


山南は慌てて失言を撤回した。

「本当に、申し訳ないね」


「はぁ…山南さん。男がそんな簡単に謝罪するもんじゃねーよ?とにかく、今回のことはきっと大丈夫だ。ただ、そんな甘い考え、今後一切通用しなくなりますよ?」

原田の力ある目が山南の目を捉える。

「ああ…わかっているよ。肝に命じておこう」


山南は拳をぎゅっと強く握った。


結局、山南の粛清未遂はこの先、問い詰められることは無く、十六日の平間暗殺の真相を知っているのは、山南と原田と楓の三人だけであった。