幕末異聞




「……山崎」


楓の前に立ちはだかったのは、ずっと楓の様子を監視していた観察方・山崎蒸だった。


「お前には関係ない事や。戻れ」


山崎は冷たく楓に威嚇する。

「どけ」

山崎の言葉を断固受け付けようとしない楓。

「ここで動いたらお前の命、補償はないで?」

「別に手出ししようなんざ思っとらん」

「じゃあ何故行こうとする?手出ししないならここに居ても同じやろ?」


「…興味があるんよ」


「?」


「死んで残す“証”とやらに」


楓の言葉に山崎が一瞬、自分から注意を逸らしたのを楓は見逃さなかった。


「…っ!?」



ずぶ濡れの衣服を纏っているとは思えない速さで楓は山崎を抜き去る。
山崎も懸命に後を追うが、雨のせいで視界が悪いため、路地を蛇行する楓に苦戦する。


(なんやあいつ?!野生児か?!!)

山崎はなかなか追いつけない事に苛立ちを感じていた。楓が消えていった路地を山崎がひたすらなぞるように追う。
だが、そんなイタチごっこも長くは続かなかった。


「……クソッ!!!」


同じ道を辿っていたはずだったが、楓の姿は消えていた。

(とりあえず屯所に…)


山崎は、雨でグシャグシャになった地面をひたすら屯所目指して走っていった。