(厠…)
大広間を一周してようやく見つけた静かな場所に徳利とお猪口を置いて、楓は厠に行くため薄暗い廊下に出た。
一直線に長く伸びた廊下は人がすれ違うのにやっとの幅で、両側には個室に繋がる襖がいくつも並んでいる。
「……なんや?」
楓の視界に入ったのは出口に向かって移動する黒い物体であった。
どうも急いでいる様子だが、足を摩るように歩いているため足音は全くしない。
(クサイな)
現在、角屋には新撰組の隊士しかいないはず。だったら声をかけても支障はないだろうと楓は思い、黒い物体に対し声をかけた。
「どこ行くん?」
「…」
黒い物体は僅かに体を痙攣させて停止した。どうやらこっちを振り返ったようだ。
「…その声、楓か?」
「…左之助?」
お互い顔が判別できないため、声を出し合って確認をする。
「おお!俺だ。…なんか用か?」
「いいや。うちは厠に行くところやったんよ。んで、あんたはどこへ?」
「俺ァ明日の見廻り朝番だからよ。一足先に帰らせてもらおうと思ってな!」
「ふ〜ん。珍しいなぁ?だから今日は雨なんやな」
「はっ!俺だってたまには平の奴らに威厳っていうもんを見せてやらねーと!!じゃあな!」
「ふん」
(嘘が天才的に下手やな)

