「安本、どこへ行ったか知らないか。」
京介は立ち上がって誰とは言わずに
クラスの全員に抑揚の無い澄んだ声で尋ねた。
望月たちに出した声とはまるで別人だ。
空手仲間の直道に出す声とも異なっている。
要するに、よそいきの声だ。
その声に教室にいた誰もが驚いたように京介を見た。
一年間同じクラスにいたというのに、
東条京介が誰かに話しかけたことは一度も無かった。
こちらから挨拶も含めて声をかけても、
何となく分ったという仕草をするだけで、
こんな風にはっきりと声に出したことは無かった。
いつも無言で、
何を考えているのか分からず、
ただ自分のしたい事をして姿を消していた。
今日だって一時間目の終わりに、
先生に、抜けさせてもらう、と言っただけで
勝手に出て行ってしまった。
そう、担任には… もう少し感情のある声だ。
そして四時間目の初めにまた戻って来て、
弁当を食べ、
安本の行方を、初めて皆に向かって声を出している。
これが驚きでなくて何と言うのだ、
と言うような顔しか出来ない。
「聞こえなかったのか。
安本と言う奴の所在を知りたい。
誰か知っていたら教えてくれ。」
反応のないクラスメート…
本来なら気短な京介、声を荒げるところだが、
同じ調子で声を出した。
「安本なら保健室へ行ったよ。
三日前に受けたところが不安らしく
明後日の試験にかける、と言っていた。
やはりプレッシャーが大きいのではないか。
だから気分が悪くなったと思う。」
と、前の方から声が来た。
「サンキュー。」
京介は一言礼を言って
鞄を持って教室を出た。
もちろん保健室へ直行だ。

