「何のようですか。」
夕方、京介は学校へ戻り、職員室の高木教諭の前にいた。
「東条、今から言っておくが、お前は留年だ。」
「留年… と言うことは… 卒業式は無し、って事。」
京介はまるで想定外の言葉を聞いたような顔をして高木の顔を見た。
「そうだ。もう少し腰をすえてここで勉強しろ。」
「冗談じゃあない。そんな事は困る。勝手に決めないでくれ。」
京介は次第に興奮して来た。
そんな事は困る。
絶対に卒業式に出なくては…
父さんが楽しみにしているのに…
そんな事は困る。 絶対に困る。
京介の17年の人生で初めて陥ったパニックだ。
その瞬間、京介は一週間前の風呂上りに、
父が顔をほころばせて話した事を思い出していた。
「小学校も中学も急な仕事が入り卒業式に出られなかったが…
今度は近いから必ず行く。
そのために文京区に引越しした。
お前の晴れ姿を見ることが楽しみだ。」
と、嬉しそうに言っていた。
職場で頼りにされている外科医の栄は、
たまの日曜日でも緊急の患者が運び込まれ、呼び出されることが多い。
二度の卒業式も生憎そうなった。
最近の栄は外科部長と言うものの、
院長が倒れ、婦長から後妻になった田島幸恵に頼まれて病院経営にも携わっている。
幸恵は死んだ妻京子の親友、栄もこの病院で京子と出会って結婚した。
栄にとって田島病院は自分の出発点、守らなければならない大切な所だ。
しかし卒業式にたった一人の親が出席しないと言う事は…
京介は気にしない風をしていたが、
寂しい思いをさせたことには間違いない。
だから京介が高校へは行かない、と言った時に決めた。
大田区の家は代々東条家として維持して来たが、
思い切って文京区のマンション暮らしをすることにした。
長年の家を手放すのは辛かったが、
父子家庭の栄にとって、
職場に近いと言うことは何かにつけて便利だった。

