栄は京介が、

突然発病した母の胎内で育ったという事で、
いつ自分も母のような病気に見舞われるか、

と怯えている気持を抱いていた事に気付いた。


そんな素振りは微塵も出さなかった京介… 

初めての事だが、
自分の前でその不確実な恐怖に怯えている京介… 

今まで何も感じなかった自分が恨めしい。



そうか、こいつが母を亡くして以来、
町を徘徊して、

時として不良、チンピラと呼ばれる男たちと喧嘩にまで至っていたのは、

ただ単に一人でいる家が寂しくて、
と言うだけではなかったのだ。


いつ母のように発病するか、
という恐怖を払い除けるためだったか。


わしは、そんな京介の心を全く気がついてやれなかった。

医者のくせに、
自分のたった一人の息子の心理が分らなかったとは。


これは忙しかった、という言葉では済まされない。


今度は栄が冷水を浴びせられたように震えてきた。



「父さん、どうした。」



自分の肩や手に置かれた父の手から震えを感じた京介は、
うつむいていた顔を上げた。



「いや… 父さんは父親失格だな。
京介、わしの事を恨んでいるか。すまん。」



自分のエゴでこの世に生まれた京介、

いつもはそんな事は顔にも出さず、
元気な姿しか見せない京介が… 

不憫だった。