「あいつ、先生に言われた事、聞こえなかったのか。」


「そんな事無いわよ。目を合わせたもの。」


「東条、進学しないのかなあ。あいつの親父さんは医者らしいぞ。」


「本当か。らしくねえな。」


「私この間の日曜日、東条君がお父さんと楽しそうに千駄木のお寿司屋さんから出て来たのを見たわよ。お父さんの勤めている病院があの田島病院らしいわ。あの時の東条君、すごく良い感じだったわ。」


「へえ、黒崎、お前、あいつに気があるのか。」


「山田君、それ本気で言っているの。いくら気があっても、あの東条君ではまともに声も掛けてくれないわよ。ねえ、洋子ちゃん。」



多くの同級生が、美人で成績優秀な上添洋子が、登校した京介に爽やかな笑顔で、おはよう、と声をかけた時のことを覚えている。

が… 目も合わさず、ただ頭をちょっと動かしただけで素通りしてしまう、京介の態度。

それも一度や二度ではないことは、一緒にいた黒埼みゆきの目に焼きついている。

なにしろ洋子は、男子生徒の間では憧れのマドンナなのだ。
そう、そのことは誰もが知っている。

とにかく級友と親しく話をした事の無い京介の事を、そんな奴、と認めているが、やはり気になる存在だ。



「そうよ。彼、格好良いし、品がある。勉強していないようけど… 
それに、いつもお弁当だけ入れて学校に来ているのよ。
教科書は家か机か、ロッカーの中に無造作にねじ込んでいるの。
私、見た時驚いちゃった。」



と、もう一人の女子生徒、山中里美が大げさな表情で話している。



「だけど、追試はいつもパスしているぞ。」


「医者の息子だから頭が良いのか。」


「そんな事はないわよ。ほら、二組の長沢君、彼も医者の息子だけど、真面目に、毎日のように遅くまで塾も行っているのにあまり出来ないみたいよ。」