天使と野獣


「先生、やりますか。」



そんな事を考えていた栄は、清滝の声で我に返った。

案の定麻酔は効かず、
治療の痛みにすぐ気を失った男の骨折部分を、

まるでロボットを組み立てているような動きをして淡々と進めた。

それに、こんな状態の患者を、大騒ぎせずに、
勉強の一巻として、ポジティブに向っている清滝も、

可愛い医者の弟子だ。



「それにしても… 先生、
これって京介君が一人で… 」


「ああ、だから警察病院へ送る前に、
少しでもわしがやっておかないとな。」


「そうですねえ。たとえ悪人でもここまでやっては… 
後がうるさいかも知れませんね。」



そう言いながら清滝は嬉しそうに笑みを浮かべた。


ここには理不尽な暴力を受けて
治療してもらっているホームレスも何人かいる。

ただ身なりが貧しい、と言うだけで殴られたり蹴られたりした者もいる。

病や空腹で路上に倒れていたのを、誰かが見つけ、
ここに担ぎ込んだ、というものも多い。

いや、清滝自身も… 

医師免許を取ったものの希望する場所で働けず、

アルバイト医師として都内の病院を転々としていたところ、
覚せい剤中毒者に襲われ… 

気がついたら自分も中毒者にさせられていた。

絶望のあまり自暴自棄になり、
車に飛び込み… 

気がついたら栄の病院にいた。


その時に栄と知り合い… 

今ではこの廃院の、なくてはならない存在だ。

治療費など患者からは取れないが、
それなりの金は栄が調達してくれている。

それに、こうして人体のことを知り尽くしている外科医、
東条栄の手法を眼にするだけで、

他では決して味わえない刺激を受けている。