天使と野獣


普通の人間ならここまでは出来ない。

こんなに可愛い息子なのに… 

医者の息子と言う自負があるのか命を奪うことはしないが、
これでは死んだほうが増しだろう。

清滝が淡々と手術の準備をしているのを横目に、

栄は、今はまるで別人のように、
牛乳を飲み終え、
部屋の隅にあったベッドで無防備に眠っている京介を見ながら
昔を思い出していた。


自分の命よりも大切な息子・京介… 

考えてみれば出生の時から尋常ではなかった。


妻の京子は原因不明の病で余命わずか、
出産は無理と言われた。

それでも天涯孤独の栄のために妻は出産を望み、
京介をこの世に送り出した。

あの出産時、
妻の顔色は既にこの世のものではなかったが、

産まれた赤子は天使のように可愛く元気だった。


そして不思議なことに、

命の炎が燃え尽きたはずの妻は、
子供を育てるために舞い戻った。

決して元気ではなかったが
十年間も二人の側にいてくれた。

京介が十歳の秋にとうとう他界してしまった。


あの葬儀の時も… 

あの時のことを思うと、今でも身震いが起きる。

京介は母親との別れに耐えられなかったのか、

ちょっと目を放した隙に姿が見えなくなった。

どこかで泣いているのか、と思っていた。


火葬が始まってから胸騒ぎを感じた栄。

女々しいようだがもう一度妻の顔を、と、

立会人も数名と言うさびしい別れだったから出来たことだが、

火葬の最中に再度棺を戻してもらい、
中をのぞいた。


その時の恐怖は忘れることが出来ない。