「どうした。泣くな。分るように話せ。」
そう言いながら京介は飛び出している。
後に残った栄の顔には、あいつらしい、と言う様な苦笑いが浮かんでいるが…
栄は,友達らしいものを作らない京介の世界が,よく見えていた。
10歳で母を亡くした京介が、
医者と言う不規則な生活を余儀無くされる自分をいかに求めているかも分っている。
だからこそ、自分ができる事は最善を尽くして息子と向き合ってきた。
ますます強い絆で結ばれている事に満足し、
自分には絶対に隠し事をしない京介がいとおしくてたまらない栄だ。
今、何も聞かなくても、京介が隣町の空手道場へ行った、と言うことは分った。
相手への話し方で分ってしまうのだ。
時刻は九時。
この時間なら夜の部で稽古していた中高生達が帰る頃だ。
いつもなら京介も遅くまで道場にいた。
しかし、生憎受験勉強が始まり、
ここのところおとなしく家にいた。
京介は中学生になってから空手を始めた。
五年生の秋に,母を亡くすまでは剣道をしていた。
病弱な母が剣道着姿の京介を見て、
私の子供は可愛い少年剣士、
天使のように可愛いけど強いのよ、って嬉しそうな顔をして、
優しい瞳で見つめてくた。
それが嬉しくて、
自分が強くなれば母さんも病気に勝てる、
と京介はいつも頑張っていた。

