「医者の家に生まれた私は、医者以外の道を目指すことができなかったんです。
医者の苦労も、やりがいも、十分わかった上で選んだのが、産婦人科でした。
看取りよりはるかに多くの誕生に関わることができ、毎日『おめでとう』と言える産婦人科医になれて、本当に良かったと思っていたんです……最初のうちは」
「……今は、違うのですか?」
吉川の親父さんは、また、コーヒーを一口。
そして、俺の視線を逸らすように、立ち上がって窓辺へ歩いて行ってしまった。
「私はこの手で、何人の赤ん坊を取り上げ、そして何人の胎児を死なせたでしょうか」
胎児を死なせた……その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
中絶のことを言っているのかと、ようやく理解できたとき、吉川の親父さんの意図がやっと見えた気がした。
「中絶を選ぶ女性の悩みも、傷ついた心と体のことも、理解できます。
育てられない事情があるならば、そうすることが女性にとって最善の道だと思います。
ただ……私が日々行う『手術』は、医者として本来すべき『命を救う』行為とは逆のことだという事実は変えられない。
少しでも罪滅ぼしをしたくて、児童養護施設に寄付したり、毎年こっそり水子供養をお願いしています。
それでも私が行っていることは……そういう事なのです」
振り向いて俺を見つめるその表情が、とても痛々しくて。
俺はただ無言で、次の言葉を待つことしかできなかった。