………あたしは、欲情している。
「波多野」
「波多野ってば!」
呼んでも反応がない男の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
ワックスの類がついていない黒髪は、さらさらと子供のように柔らかい。
「…何」
髪をいじるのに夢中になっていると、不機嫌な男の声がした。
コイツの第一声を聞くのは、至難の業だ。
どうにも口数が少ないから、喋らせるまでに時間がかかる。
「何ってことはない」
「じゃあ呼ぶな。バカヤロウ」
何。
何よ何よ。
コイツ機嫌悪いわけ?
波多野の分際で、生意気だ。
「アンタにバカヤロウなんて言われたくないわバカ」
「そういうリカが一番バカだ」
「バカバカ言うなバカ」
「バカバカ言ってんのはお前だ」
そう言って、波多野の視線は手元の文庫本に戻っていった。
分厚いそれは、波多野のアイデンティティー。
本はコイツの趣味であり、勉強であり、友達だ。
昔っから本ばっかり読んでた。
あたしには全く理解できない。
そう。
波多野は理解できない男だ。
だって、あたし。
こんなにバカバカ言われてんのに、コイツの隣にいるのが一番好きだ。
波多野はわけわかんない。
波多野に触れたいと思うあたしも、わけわかんない。


