『この世界を、愛してみせろ』

 耳を塞いで蹲って。

 無様だと愚かだと嘲笑う口元に、

目を閉じて顔を覆って。

『ねえ、どうして…』

 かき消すように叫んで喚いて、逃げ回った。

「なあ、〇〇〇。俺は…」

今なら何て、言えるだろうか。



 ***



 ゛魔眼の一之瀬"

 そう口にした目の前の奴の頭を、問答無用で張り倒した俺は決して悪くない。むしろ当然の報いなのだと鼻を鳴らしてみせる。

「いったいなー。昔の話でしょ、そんなムキにならなくてもいいじゃんか。てか帆高、本気で殴ったな」

「黙れ。あの時は、よくも忌々しい二つ名を付けてくれたもんだな。どこの中二病の発想だ」

「いや、でも俺達実際に中二だったろ」

「屁理屈のつもりか、その口縫うぞ」

 ゛魔眼"で睨み付けた所で、元凶は「おお怖い」とわざとらしく肩を竦めてみせただけだ。ほら、やはりなんということもないではないか。

 奴とは小学校で知り合って中学校までが同じだった、気の置けない友人の一人である。何でこうも俺は癖の多い連中と…という嘆きはキリがないので省略する。

今ここで縫い針と糸を取り出した所で、ケラケラ笑うだけだろう。現に持ってはいるのだが、面倒臭いし無駄なことだ。

 第一、状況にも問題がある。ただ今の時刻は間もなく夜11時を迎える頃、場所は全国チェーンの普通のファミレス。周囲のテーブルはほぼ埋まり、食事と雑談を楽しむ人々で賑わっている。そんな中で不審者扱いは洒落にならない。

 せめてテーブルの下で足でも蹴ってやろうかと思うもガキじゃあるまいし、はあぁと溜め息1つ。

とっととこの録でもない話を流したいが、あえて戻す。この件については、まだ言いたいことがあるのだ。

「よりにもよって、お前があの馬鹿…塚本と同じ大学だったとは、世間の狭さを呪ったな。おかげで俺は恥を拡散されたんだからな。…あいつに話したろ、“あのこと”を」

「…ん? 何の話だっけ、分からないな」

「『あの瞳(め)はまだ、あの子のものなの?』あいつは、そう言ったんだ」

「はは、困ったな」

 到底そうは思っていないだろう微笑でコーラに口につける、向かいに座る男の意図が読めない。とはいえ、これだけは分かる。

「お前、確信犯だろ。絶対に俺の耳に届くよう見越して」

「うん、そうだよ。いいだろ、減る物じゃないんだし」

 しれっと微笑みを返す顔に、溜め息二つ目。ああもう、これ以上は不毛だ。忌々しい、その呟きに吹き出す口をホチキスで綴じてやりたくなる。短気は損気、悪い癖だ。

 この話題に入る前は、中学の同窓会の話をしていた。会はクラス毎の同級会であるため、中3ではクラスが別れた俺たちが一緒に参加することはない。

担任の誰々はすっかり年取って禿げていただの、同級生の誰々は結婚しただの、まだ独身だのととりとめのない内容だった。そこから中学時代のあだ名を持ち出されたのだから、流れ的に自然ではある。

同時に思い出したくもない黒歴史を掘り返され、本人としては非常に不満でもあるのだが。

「俺はさ、思ったことを言っただけだって。まさか学校中に広まるとは思わなかったし、それは言い出しっぺの目撃者の彼に文句言ってよ。それに肝心なことは、圭太にしか話してない」

「それが問題なんだよ。もういい、これ以上、誰にも何も話すな。いっそのこと、記憶から抹消してくれ。正直、俺自身はあの時の事はあまり覚えてな…」

「あの時、俺も許せなかった。でも俺は何も出来なかった。だから帆高みたいに行動できたらって、ずっと思ってた。…羨ましかったんだからな」

 俺としては朧気に残る残骸でも、奴には忘れられない記憶であって。再び思い返しても、とんと胸に訴えかけてくるものなどない。

ただ強烈に沸き上がる感情が1つだけあった。正直その結果に至るまでの過程は靄の中、自分はこんなにも記憶力が乏しかっただろうか。

そんな俺の表情でも読み取ったのか、かつての級友は思い出させるかのように語り出すのだった。