「私、自分が何者なのか、どうして死んだのか知りたいんです。自分が死んだことと、名前が『ゆうり』だと言うのは分かってるんですけど、その他は何も覚えていなくて……」


そう言って、彼女は視線と声のトーンを不安気に落とした。


「気が付いたら、この事務所の前に立っていたんです……」


きちんと揃えられた膝の上に置かれた小さな両手の甲が、ぎゅっと握られる。


幸か不幸か、こんな仕事を長年していると、相手が嘘を言っているかどうか分かってしまう。


中には巧みに嘘を付く人間はいるが、良介には彼女がそう言う人間には見えなかった。


「つまり、君は既に死んでいて、自分の名前しか覚えていない。自分の素性と、死因を調べて欲しい――と、そう言うことだね?」


「はい。そうです」


ゆうりの真っ直ぐな黒い瞳が、良介を見つめる。


邪気の無いその瞳を見返しながら、内心どうしたものやら思案に暮れた。


はっきり言って、彼女の言うことを信じてはいない。


『私、幽霊なんです』と言われて、鵜呑みにする人間はまずいないだろう。


だが、彼女が嘘を言っているのでもないとすると、答えは一つ。


彼女が、自分は幽霊だと『思いこんでいる』と言うことだ。


ならばそれはもう、良介の仕事の範疇ではなく、医者なりカウンセラーなりに委ねられるべき事例だろう。