彼女の言うことには【探偵柿沼良介の多難な1日】短編



夕方の六時を回っていた。


山波を黄金色に縁取りながら、夕陽がゆっくりと傾いて行く。


冬のシンと刺すような冷気に急き立てられながら、良介は慎重に足を進めた。


そこは、閉鎖して打ち捨てられたような、廃工場だった。


そこには、あるはずのない明かりが灯っていた。だが、鬱蒼とした雑木林が巧みにそれを隠してしまう。


恐らく、大声を上げても聞こえる範囲には、人家は無いのだろう。


そこに、小田の狡猾さが現れていた。


「探偵さん、こっち! こっちからなら、小田に気付かれずに中が見えます!」


ゆうりに案内されて慎重に工場の裏手に回り、一番奥の明かりが漏れている割れている窓から、中を覗く。


息を呑む――。


亜佐美がいた。


両手を後ろ手に縛られ、猿ぐつわをされている。


そして、縛られた両腕に手錠が掛けられ、そこから伸びた頑丈そうな鎖が、鉄骨の柱にがっちりと繋がれていた。