しばらくすると、駅にいる人間はまばらになり、ほとんど二人っきりと言ってもいいぐらい。
 こっちの存在が知られたようだ。
 私は彼を見ていたと気づかれたくなくて、デジカメを持ち直し、写真を撮るふりをしていた。
 彼は、そんな私に近づいてくる。足音が大きくなるにつれ、大きくなる私の鼓動。
「ねぇ、もしかして君、ここの人?」
優しそうなテノール。耳がくすぐったいような気がした。
 顔を上げると、すぐそこに子供みたいなさらさらの髪が、視界を遮った。
 女の子なの?と、髪の綺麗さから、思わずビックリした。
 しかし、少しうつむくと見える胸は、どう見ても男性のもので、目の前に見える顔も男性のそれだった。
「って、ちかっ!」
私は思わず、ベンチの上で暴れた。
 だって、距離近すぎたんだもん。それはもう、鼻がくっつきそうになるほど。
 これで飛び上がらない人はいないだろう。
 私は彼から遠ざかるように、ベンチの上にうずくまろうとした。
 その時。
 私の手から、デジカメが滑り落ちた。
「あ!」
思わず手を差し出して、落ちる前に掴もうとした。
 この距離からの落下で、デジカメが壊れるなんて思ってはいないけど、大事なデジカメにもしものことがあったら。
 そっちに集中していた私は、もう一つの手元が見えていなかった。
 ズルッと、ベンチについていた手がベンチから落ちる。
 支えが無くなった体はただ重力に任せて、地面に落ちていく。
 私は次に来るであろう衝撃に、目を閉じた。
 しかし、いつまでも来ない衝撃。お腹のあたりに感じるぬくもり。手に感じる、冷たさ。
 チラッと目を開けると、ピンと伸ばされた腕の先は、カメラを握りしめていた。
 それを見て、ホッとした。のも束の間、私はギョッとした。
 お腹あたりにあるぬくもりは、男性の腕で、その持ち主はさっきの彼で、顔をちょっとでも向けようものなら、唇が重なるぐらいの距離だった。
 私を支えてくれている腕から、彼に私のドキドキが伝わってしまうんじゃないかって、ドキドキする。