「嘘だよ~」
いつもの調子の声が耳元から聞こえる。後ろから首に回された腕は、見慣れたタクのもの。背中に感じるぬくもりだって。
 一気に、胸の中のモヤモヤが晴れた。
「騙されただろ。いつもの仕返しだ」
「バカタク」
ホッとした。よかった。
 気が緩んだせいか、涙が溢れてきた。
 タクになんか、見られたくない。
 見られる前にと、私は腕でごしごしと目をこすった。
「え?泣いてんの?」
演技じゃなくて、本当に驚いたみたいだ。もしかして、結果オーライ?
 いつもなら、やったとガッツポーズをするところだけど、今日はそんな気分じゃなかった。
「別に、泣いてなんかないし。勝手に決めつけないでよね。もう知らないんだから」
タクから離れてスタスタと、一人で歩いていく。
 本当に拗ねてやる。なんて思ったけど、これも気分じゃない。
「でも、一つお願い聞いてくれたら、許してあげようかな~」
慌てた様子で私を追ってきたタクを見たとき、とっても嬉しかった。
 お願いなんか言う前から、許していた。
「なんでも言って!」
本当に、タクは優しいな。頬が緩みそうになった。
「私の名前、呼んで」
「へ?」
拍子抜けした時の間抜け顔。これは、傑作じゃん。
 でも、そんな間抜けなこと言ったかな?
「…ユイ」
「え、なに?聞こえないなぁ」
「ユイ」
名前を呼ばれるだけで、こんなにも嬉しいなんて初めて知った。
 見つめられるだけで、こんなにも心臓がバクバクするなんて。
 照れくさそうにしているタクの手を握る。
 身長と同じで、私の何倍も大きな手。身長も手も、私が小っちゃいだけだけど。
「うん。許す」
ニッコリと、これ以上無いくらい幸せだよって言う顔を見せてやる。
 タクも、これ以上ない眩しい笑顔を見せてくれた。
 ただ、傍にいるだけで、こんな幸せになれて笑い合える。
 ずっと。ずっと、ずっと、こんな日が続くと思った。
「ねぇ。今度のデート、どこ行こっか」
「今日のデートが始まったばっかで、次の話すんなよ」