「だから違うって。何にもないよヒロとは」
「ヒロ?」
「いや茉紘、じゃなくて椎名とは…」
無理に誤魔化さなくてもいいのに、やましさを抱えているから嘘をつきボロが出るんだ。
「佐伯君…わたしね、」
「ここじゃなんだし学校が終わってからゆっくり話さない?
だからさ、送ってくよ」
歩きだそうと促した。でも、それを拒むようにその場で俯く千尋。
「ごめんね、今日はピアノの日なの。
それにうちの学校、男の子に送ってもらってるの見つかったら大変だから」
「そっか。校則厳しいもんな」
続かない会話、また生まれる沈黙。
さっきヒロと一緒にいた時の澄んだ気持ちは幻のように消え去り、残っているののは淀んだ俺のずるさだ。
「わたし、もう行かなくちゃ。ごめんね本当に」
千尋は視線を合わせることなく、俺に背中を向けて歩きだした。
「帰ったら電話するよっ」
心のこもっていない俺の言葉の、その空々しい余韻だけが浮いていた。



