初恋の向こう側


乗車口へ滑り込むように入った俺の後ろでドアが閉まる。


「梓真…」


驚いた顔をした目の前のヒロが呟いた。


この時間はもう少し遅めの路線より混んではいないが、座席はすべて埋まっている。

少し前へ進み出てくるりと向きを変えた俺は、ヒロの後ろへ立った。


「どうしたの? こんな早い時間のバスに乗り込むなんて。
あっ わかった。彼女と早朝デートとか?」


顔だけ横に向けたヒロが言った。


「ちげーよ!」


前へ向き直ったヒロの髪が揺れて、シャンプーの香りが鼻先を掠めた。


―― ドキドキした。

綺麗な髪だと思った。
細くて柔らかそうな波が真っ直ぐに肩の下まで降りていて、毛先だけ僅かに癖があり内側に緩やかなカーブを描いていた。

よく知っているはずのヒロ。
なのに、なんだか知らない女の子みたいだ。

いや “よく知っている”なんて、俺が勝手にそう思っていたただけなのかもな。

ずっと近くで見てきたのに、触れたことすらないんだから ――