そして「じゃあね」と告げてバスに乗った時、
「あのっ─」
か細い声に呼び止められた。
振り返ると、乗車口のすぐ下へ駆け寄ってきた彼女が何か言いたげに俺を見上げていた。
「…?」
「……」
そのまま無視して乗り込むわけにもいかずにいると ──
プシューッ
音を立て扉が閉まりかけた ── 次の瞬間だった。
コートに包まれた小さな体が目の前に飛び込んできて、そのすぐ後ろで扉が閉まる。
発車したバスがぐらりと揺れて、彼女が「キャッ」 とかん高い声を上げて手すりに手を伸ばした。
突然の事態に驚きながら念のため訊ねる。
「あのさ、君の家ってこっちじゃないよね?」
「はい。全然違います」



