「ハァッ……ハァ!」


薄暗い夜の闇の中に
私の荒い呼吸と足音が吸い込まれていく。


どれくらい走って来たのか
足がガグガクと奮え
身体全部が心臓になったみたいに
ドクドクと血液が激しく駆け回る。


とにかく疲れすぎて
自分の限界を感じて
耐え切れなくなって足の動きを止めた。


……ここ、どこ?


額に流れる汗を手の甲でぬぐい
肩を激しく上下させ
込み上げてくる吐き気を抑えるように
蒸し暑い空気を深く吸い込んだ。


――ユウキの言葉から逃げて
闇雲に向かったのは
やっぱりあの海の方角。

でも本来なら電車か車で向かうぐらい
結構な距離があるから
こんな怪我をした足で
行けるような場所じゃない。


現に潮のにおいも全然しないし
辺りに標識もなから
正確な距離はわからないけど
海はまだまだ先なんだって普通にわかる。


「バカ……みたい」


掠れた声にならない声で
一人呟いたら
小さな音がまた夜の闇に消えていく。


自分が携帯も財布も持たずに
飛び出して来た事に今更気がついて

途方にくれたように
歩道のガードレールを背にしながら
ズルズルと座り込んだ。


どうしてこんな風に逃げて来たのか。
どうしてユウキの言葉の続きを
聞く事が出来なかったのか。

――だって『あの事』を
彼が知るはずはないのに。


元来た道を戻るのも
この先の道を行くのも
どちらもする体力も気力もなくて

俯いて灰色のコンクリートを
ジッと見つめながら
まだ荒い息を整えた。