10分の道のりはあっという間だった。



「あれがウチなの」



花のアーケードがある、白い外壁に赤い屋根の家を指差す。

屋根の色までは暗くて見えなかったけど。



「へぇ。可愛い家だね」



んー‥可愛いなんて思ったことないな。

アーケードの前までくると、彼は繋いでいた手を離した。

急に‥右手がすかすかする。



「心太‥ぷっ」

「笑うくらいなら呼ばなきゃ良いのに」

「ごめんごめん。怒った?」



怒った?
ううん。むしろ‥



「ぷっ‥あははははははははーはー‥」



なんか、楽しかったりして。



「ーー心‥」



いきなりシリアスになった彼の声。

紺色の瞳が、私の蒼い瞳を見つめる。

そして、笑いすぎた所為で零れそうな涙を、彼は唇で拭い取った。



「その顔の方が可愛い♪」



並びの良い歯を見せながら、優しく笑った彼。

私の背中はゾクリと震え、お腹はきゅってなった。



ちゅっ



軽いリップ音をさせただけのキス。



「じゃ、また明日」

「ん。また明日」



私の髪をひと撫でして、綺麗な笑顔を見せた彼は、学校とは反対の方へと歩いていく。


彼は、どんな家に住んでるんだろ?

何で会長とは違う家なんだろ?


そんな疑問が浮かんでは消えていく。

これから、ゆっくりと知れば良い。


たまに振り返る彼の背中を見送りながら、そう思ったんだ。



「ただいま」



ぼそりと小さく言った、帰りの挨拶。すると、

キィーー‥

まだ灯りがついてたリビングの扉が開いて、鴨居をくぐるように出てきた大きな人影。



「おかえり」



低く響く声でそう言ったその人は、くるりと背を向けて寝室へと歩いていく。


少しだけ優しい声色だったのは、私の気のせい‥?

逆光で影になっていたその顔は、どんなだったのかな。



「ーっお父さん!」



ーー‥え?

なんで‥今、口が勝手にーー‥


ゆっくりと振り向いた大きな影。



「なんだ?」



廊下は暗くて、お父さんの顔は見えない。



「あ‥えと、またツアーなんですよね?いつ家を出るんですか?」

「‥明日」

「そう‥ですか」



別に何を期待していたわけでもないのにーー‥



「9月15日には必ず帰る」



それは‥私の、産まれた日。