空は、薄い水色と茜色、そして間近に近づく夜の群青色のグラデーション。
その空を背景に、くっきりと七色に彩られた大きな虹がかかっていた。
いまだ慌しく動き続けている街を優しく包み込むように、ふんわりと、音もなく。
門扉を閉めるのも忘れ、虹に見とれる澤木。
その澤木の顔が、ゆっくりと笑顔になっていく。
やっぱり、「サイアク」ではないな。
たくさんの患者さんのお役に立てたし。
「ありがとう」と言ってもらえたし。
「一般的な感覚」について、忘れかけていたことに気づかされたし。
アユミさんの笑顔も、見ることができたし。
こんなキレイな虹を、見つけられたから。
いい一日だった。
暮らしの中のささやかな幸せは、虹と似ているのかもしれない。
さりげなく、いつの間にか、音もたてずにそばにいて、僕らがそれに気づくのを待っている。
そうだ。一緒に頑張ってくれた桜井さんにも、虹を見せてあげなくちゃ。
澤木がそう思いついて、クリニックに戻りかけたとき。
「先生、大変!」
向かいのマンションの住人・根岸敦子が血相を変えて走ってきた。
「作り置きしてたカレーを真吾に食べさせたら、お腹こわしちゃった!」
敦子に遅れて、お腹を抱えながら真吾が玄関から出てくる。
顔面は蒼白、額に脂汗がにじんでいる。
「いっぱい作ったから先生にもあげようかと思ってたんだけど。やっぱり、捨てなきゃだめかなぁ」
この期に及んで、敦子は鍋一杯に作ったカレーにまだ未練を感じているようだ。
「えぇ、残念ですがそれは捨ててください」
澤木は真吾に肩を貸し、歩くのを助けながら、その大切な一点が伝わるように力を込めて答えた。
「桜井さん、急患です!」
あぁ、これでまた根岸家のゴミが増えるな。
明日の朝は、少し早めにゴミ出しに行こうか。
明日は月曜・・・燃えるゴミの日だ。
再び慌しくなったクリニックと、高伊のまちを見守るように。
虹は夕日を浴びて、優しく静かに輝いていた。
【澤木先生のサイアクな日曜日・完】



