「お会計、お願いしまーす」

ようやく、サラ男が伝票を手に立ち上がった。

はぁ、これでやっと終わる。
カウンターの中にしゃがんで隠れていた美帆は、背を伸ばすとお品書きを横目で見ながら、
「800円になります」
とすまして答えた。

し、しまった。
サラ男が出した千円札を見て、美帆の顔色が変わった。
…お釣りがない。

電源の切れているレジを前に、美帆は言葉を失った。

「ちょ…少々お待ちくださいっ」
2階に行けば、二百円くらいあるかも。
またカフェエプロンをまくりあげようとした美帆を見て、サラ男が口を開いた。

「あ…じゃぁお釣りはいいですよ、その代わり、これもらえませんか」

サラ男が指さしたのは、レジの脇に置いてあったお食事二百円引き券。

「あ…ど、どうぞ」
これでもよければ。

サラ男は美帆に千円を渡すと、あのパンパンに膨れたカバンをよいしょっと肩にかける。
そして扉に手をかけてから、こちらを振り返った。
来たときと同じ、底抜けに人の良さそうな笑顔。

「ごちそうさま!ありがと~」

客の帰りを告げる鐘が、カランコロン、と響いた。

美帆は鐘の音に負けないように、声を張り上げた。

「ありがとうございました!」

自分でもびっくりするほど、大きな声が出た。