「ハチ!ハチ!そうだよオメエだってんだよ、全くオメエって奴はなぁ、昼間っからのらりくらりしやがって。おとっつぁんが草場の陰で泣いてらぁ…え?おとっつぁんは鈴虫じゃあない?なーに言ってやがんだ…」

なんだこりゃ!
突然場違いな落語が聞こえてきて、美帆は慌ててチャンネルを変えた。
チャンネルが「古典落語の世界」になっていた。夕べ、店で何やってたんだ。

「するとその暗がりに女が立っていましてね、こちらをふと振り向いたんです。するとその顔が…」

イヤー!!
「本当にあった怖~い話」だ。

「Un bel dì,vedremo~」
美しすぎる。「オペラ座の全て」。

「有楽町で会いましょう~」
・・・「あゝ懐かしの昭和歌謡曲」。

あせればあせるほど、場違いな選曲しかできない。

あ、「昼下がりのシャンソン」発見!
これなら合うんじゃないかな、ここキャフェだし。
「ダバダバダ、ダバダバダ、ダーバーダ~」

サラ男の反応を見たくて顔を上げると、サラ男と目が合った。
目で何か訴えている。
美帆はその視線を必死で読み取った。空気を読むのは、昔から結構得意だった。

「…落語でよかったですか」

サラ男が満面の笑みになりうなずいた。
「ええ、大好きなんで!」

かくしてその後約30分、美帆はカウンターの裏で「古典落語の世界」を聞きながら懸命に笑いをこらえなければならなかった。

「・・・そなた、名はなんと申す。
俺かい?おれぁ、ハチゴロウってぇんだ。
・・・チョウロゲと申すか?
おいおい殿様、バカ言っちゃあいけねぇよ・・・」