―――なんか、無性にむかつく!!

 丹精込めて作り上げられた彫刻のような美貌を備えたその男へのエナの感想はまさしくそれであった。
 特に、瞳が。
 垂れた目尻と意思の強そうな眉。切れ長の二重も文句のつけようがない。だが、吸い込まれそうなほどの深紅に宿る光がエナを苛立たせた。
 軽薄そうにへらへらと笑う目の奥にある本当の色に。
 エナが感じたのは恐怖、かもしれなかった。
 そのとき感じたものを形容する術など知らない。ただ、その容姿を見た途端、彼に対して抱いた憤怒が倍増したのは確かだ。

 「へーえ、エナちゃんって言うんだ? かーわいい名前」

 「返せ、クソ野郎」

 エナは益々渋面して、紙をひったくった。だがしかし、掲示板のど真ん中に画鋲でしっかりと止めるエナに、懲りるということを知らないらしい男は尚も馴れ馴れしく話掛けてくる。

 「やー、イイ反応だね、想像通り! ねえね、もーちょっとキミと話したいんだけど、その辺でお茶でも飲まない?」

 勿論エナは無視である。
 紙さえ貼ってしまえばこんなところに用は無い、とばかりにエナはさっさと歩き出す。
 だが、男は諦めなかった。
 エナの後ろをぴったりと付いてきたのである。

 「やぁだなあ。エナちゃん、照れてるの? そりゃジストさんはカッコイイけど、照れる必要なんて全然無いんだよ? エナちゃんだって充分可愛いんだから」

 誰が照れるか、誰が! と怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、ここで反応を返すような真似をすれば、この男は更にしつこく付き纏うのだろう。
 エナは必死に心を穏やかにするように努めた。
 だが、絶世の美青年がついてくるものだから、自然と周囲を行き交う人の視線と黄色い声が集まり、それがまたエナを憤然たる面持ちにさせる。
 ただでさえエナ自身も目立つ容姿をしているというのに、この男が後ろを歩いているとその相乗効果は計り知れない。
 普段向けられない類の視線は居心地が悪いなんてものではない。エナに集まる視線の大概は奇異の視線だ。物珍しいものに対して向けられる類のものだった。
 それが今は、イイ男の誘いを無視し続ける分をわきまえていない勘違い女、という眼差しだ。全く、冗談ではない。とエナは思う。