自分らしくない言葉を口にした孝輔は、身体中かっとして、赤面し、胸がドッキン、ドッキンと大きく波打ち、その内に爆発しそうに暴れまわっているのが、はっきりと自覚出来た。
あれ以上大輔の前にいると、全てを見通されてしまいそうな気がした孝輔は、慌てて部屋へ駆け込んだのだが…
ドアを閉めて机の前に座ったものの、胸の動機は治まらず身体中が熱かった。
元々性格はおとなしくて、素直な孝輔、時と共に大輔の好意を裏切っていると言う、懺悔のような気持が膨らみ、自分の気持ちに収拾がつかなくなっている。
それでもすぐにアキが浮かび… 河村アキと言う女に夢中になっている孝輔になっていた。
他の事はどうでも良い、今の孝輔には全てが別世界の事のようだ。
少しは勉強をしなくてはと思って教科書を広げても、どのページにもアキが出てきた。
「そうか、来週から登校するか。」
夕食時、いつもはムードメーカーの大輔が黙りこくっているから、孝輔が必要以上に気を回して、父に腕の調子を話し、来週からの登校を告げた。
来週からは下校中にアキと会って… と自分なりに考えた。
下校中は人目につき易いが… いつまでも学校を休むわけにも行かない。
ただし、時間が無いのだから、バイオリンの練習は出来なくなる。
今までバイオリンの為にいろいろな事を犠牲にして来た。
しかし今は、どうせ自分は才能も無さそうだから、この辺りで見切りをつけたほうが良いのかも知れない、と思うようになっている。
バイオリンは好きだが… 今はアキの事しか浮かんで来ない。
第一、家族の誰も、バイオリンのことなど気にしていないだろう。
孝輔は今までの自分の生活を思い起こし、あれほど何事にも優先して来たバイオリンを止める事にも、未練は起こらなかった。
若い一途な心は、何ものをも追従する事を許さなかったのだ。