次の日. 今日は家に籠っていよう、と孝輔は普通に皆と一緒に朝食を食べ、父と大輔を見送ってからまた部屋へと戻っていた。
学校は休んでいるが勉強はしておかなくては、と殊勝な考えを抱いて教科書を広げている。
しかし、努力しようと思えば思うほど… どうしてもあのアキの唇の感触がよみがえり、いつの間にか顔が浮かび… 孝輔の頭を占領してきた。
結局何も手につかず、机に向かっているものの目はぼんやりとしていた。
どうしてもその意識を追い払えず、考えるだけで体が熱くなり動悸が起こってくる。
こんな事… どう考えたら良いのか分からない。
「孝輔、お友達から電話よ。下りていらっしゃい。」
祖母の呼ぶ声で不審に思いながら受話器を取った孝輔は、心臓が止まるほど驚き、思わず叫びそうになった。
そう、電話の主はあの女、河村アキだった。
孝輔の所に、いや、大輔も同じだが、今まで女生徒から電話があったためしがなかった。
祖母の春子が冗談半分によく言っていた… どうしてお前達は、揃いも揃ってガールフレンドが出来ないのかねえ。私から見ればその辺の男どもよりいい男なのに不思議な事だ、と言われていた。
それほど縁のなかった二人だったが… ここに来て孝輔の所に女性から電話だ。
無作法のようだが、春子とお手伝いの則子は耳をそばだてている。
「はい… でも… はい、すぐ出ます。」
春子たちの気配を感じた孝輔は、最小限の言葉を発して電話を切った。
そして、急いで部屋に戻って着替えして家を出た。

