しかし… 孝輔がドアを開け,出ようとした時にまたもや、今度は孝輔の左腕を引っ張った。
バランスを崩して、助手席に倒れそうになった孝輔の唇にアキはまたキスをした。
止めてください、と、孝輔は心の声を出し… アキを押しのけ,急いで車から出て家の方へ走っている。
「また会いましょうね。」
後ろからアキの笑いを含んだ声が追っかけて来た。
孝輔は、自分が理不尽に汚されたような気持に襲われ、人目のある往来で涙を流すわけには行かないが、身体中に嵐が吹き荒れているようだ。
あの女はどうしてこんな事を…
その夜は眠れなかった。
あんな女、汚らわしいと思いながらも,アキの柔らかな唇の感覚が生々しく甦って来て… 顔をくっつけた時微かに感じたアキの、女の香りが忘れられなくなっていた。
自分から望んだ事ではなくても、初めてのキスの体験は、孝輔を男として自覚させるには十分だった。
16歳にして初めて感じた性への目覚めだ。
それは、思春期にありがちな淡い恋心を通り越した、いきなりの性の目覚めだった。
医者から貰った痛み止めの薬には睡眠作用も入っているはずだったが、孝輔の悶々とした心を静める作用は無く、一睡も出来なかった。

