学生ホールは、大学を含めたこの学校法人の本部がある建物の一階にある。大学構内の中央を起点として東西南北を定め、それぞれの建物に番号が振られている。この建物は西五号館。一階は西側に学生ホールと、壁を挟んで東側に本部の受付がある。地階と二、三階が教室で、四階から最上階の六階が本部のオフィスになっている。建物の東西の端には階段があり、学生が主に使っている。また、東西を貫く廊下の中央にエレベーターが二基設置されていて、これは学生だけでなく教員、職員、オフィスに出入りする業者も使っている。エレベーターを挟んで三十メートルほど間隔を取って、地階から最上階までを行き来できる階段が二つある。西側からA階段、B階段という名称があるが、その需要は、特に学生にとっては小さい。階段自体が厚く重い扉によって廊下と隔てられており、第一、東西の階段とエレベーターで事足りる。わざわざ使うことはない。
 先輩の後について向かった先は、一階のB階段の扉の前だった。そこは東側の出入り口から受付の前を通って学生ホールへと抜ける通り道であるが、授業も終わり、オフィスの閉じたこの時間にここを通る人はほとんどいなかった。先輩は二つ折りタイプの携帯電話を取り出して、何やら操作をする。
「ここなんですか」
「そう、この中」
 扉を開いて移動する。二畳ほどの広さの踊り場には窓越しの街灯の光が入り、意外と明るい。先輩は扉が閉まっていることを念入りに確認し、それから私へと向き直ってにやりと笑った。
「ケータイ」
 左手を差し出され、私はポケットから自分の携帯電話を取り出して先輩に渡す。先輩は自分のものと私のもの、二つの携帯電話を突き合わせた。赤外線通信だ。
「せえの、と言ったら、決定を押しながら一緒にアクセスと言う。アドレスと決定とアクセス。それで完了」
 返された携帯電話の画面には、ウェブサイトのアドレスのような英数字が並んでいる。先輩は足取り軽く階段を下りて、一階と地階の中間にある踊り場に立った。
「西五はここ。この踊り場」
 ニシゴ、とこの建物の略称を言う。私も先輩に倣って同じ場所まで下りる。
「論より証拠、いくよ」
 先輩は楽しそうに携帯電話を握り、私は携帯電話の決定ボタンに親指を慎重に置いた。
「せえの」
 ――アクセス。