部屋に戻ると、予め用意してあった荷物を確認する。連絡を聞いた彼女のお母さんが、急いで来てくれた。
「あなたも予定日より早めに出てきたからね、そうかも知れないとは思っていたのよ」
「病院に連絡したら、いつでもどうぞって」
「そうしたら、落ち着いたら行きましょうか」
 彼女は苦しげに閉じていた瞼を開け、小さく頷いた。

 二人を病院へ送り届け、僕は一旦部屋に戻った。彼女はいなくとも、この部屋は今日、出なくてはならないのだ。
「ありがとう」
 最後の段ボールを車に積む。もぬけの殻となった部屋を見渡して、僕はゆっくりとドアを閉じて鍵をかけた。


 母は、呑気に引越し作業をしている僕に呆れていた。
「父親の仕事はおろおろすることなのに」
「おろおろしているのを、呑気を装って静めようとしているんだ」
「屁理屈言って」
 苦笑が聞こえた。
 街に出るには今までの部屋か彼女の家が便利なのだが、彼女は僕の実家を希望した。広々とした空気の中で新しい命を育てたい、と。一週間ほど後、ここに彼女は帰ってくる。

 僕は僕自身を彼女の空だと思って良いだろうか。命を繋いできた彼女を愛しみ、受け入れる、温かい空でありたい。

(了)