「ありがとう、私を見つけてくれて」
「いつかも聞いたなあ」
「そう?」
 それでも良いのよ、と笑う。うつくしい笑顔だ。
「それなら、僕も言おう。僕に見つけられてくれてありがとう」
「どういたしまして」
 彼女が真面目に返答するものだから、僕は思わず吹き出してしまった。

「ありがとう、ってきっと、これからもずっと、何度も言うわ。私はきちんとありがとうが言える大人になりたい」
「素敵だね」
 こういう会話の中で思う。僕は彼女の、真っ直ぐでいようとする姿勢が好きだ。

 彼女が僕の肩にもたれかかる。左側に感じる熱、どこかで鳴いている蝉の声、遠く広がる青空と真っ白な入道雲。緑を抜ける風は心地よく、幸福と感じる。
 しばらくそうしていた。不意に、彼女は楽しそうに呟いた。
「……お母さんに、言わないと」
「え?」
 声に少し息が混じっている。彼女の方を見ると、腹に手を当て、ゆっくり呼吸をしようとしている。

「あと一週間、帰るのは遅くなりそうです。って。……今、何時?」
 僕は腕時計を見た。伝えると、彼女は大きく息をすると、僕を見上げる。額に汗が浮かんでいるのは、暑さの所為ではない。

「母に連絡してくれる?」
「……立てる?」
 気丈に振る舞い、僕を使おうとする彼女の思案が読めた。気丈なのは彼女の美点だが、時にはすがって欲しいものだ。この大事な時に。