彼女は携帯電話を取り出すと、手袋をはいた手で操作して行く。そんな彼女の手元を見ていると、僕のポケットが震えた。電話だ。見れば、彼女は電話を耳に当てて待っている。
 僕は、彼女の名前が自分の電話に表示されているのを確認して、通話ボタンを押した。

「はい」
「もしもし、こんばんは。空です」
 僕が視線を向けると、彼女は傘で顔を隠した。
「何でしょう」
「私の悩みを聴いてくれませんか。もしくは、この涙を拭ってくれませんか」

 彼女は顔を隠したまま、僕の答えを待っていた。

「僕は」
 何か不安を、ひたすら隠しているような彼女。強がっている声の主を抱きしめたい衝動に駆られる。
「強くない。俺の胸で泣け、なんて気前良く言えない」
 彼女が頷くように笑う。
「それでもあなたの声は聞こえるし、涙にも打たれてしまう。僕にはあなたを支配することは出来ない。でも、あなたが僕を、悩みを打ち明け、涙を見せる相手に選ぶなら」

 彼女の足音が止まった。
「僕はあなたの悩みを聴き、涙を拭いましょう」

 彼女はロマンチシストだ。僕は彼女に出会い、共に過ごすうちに、自分がセンチメンタリストであることを益々自覚するようになった。特に、彼女といる時は。
「寂しくて、足が向かった先が僕なら」
 この街に雪が降るのは年に数回。春の雪に託した君の思いを、僕は僕の受け止められる限り、受け止めよう。

「行き過ぎ」
 彼女が、声を立てて笑っている。慌てて立ち止まると隣に彼女は居らず、振り返った先に花柄の傘がある。
 三寒四温、寒さと暖かさを行きつ戻りつ春になる。来た道を戻る中で、気が急いて雪に足を取られた。僕の涙を受け止めるのもまた、君なんだ。
 そう思いながら、彼女がこちらへ来る足音を聞いた。

(了)