地下鉄を降りて地上に出ると、空から降るものは雪に変わっていた。行き交う人びとは足早に動くのに、駅前の喫茶店の前で動かない影。僕は早くも積もり始めた雪に足を滑らせないよう、気をつけながらも急いだ。

*
「雪なんか、珍しくないだろう」
 僕はタクシーを拾おうとしたが、彼女は歩くことを選んだ。彼女はもちろん、愛用の傘を持っていて、僕らは並んで歩道を歩く。
「まあね」
 雪国で生まれ育った彼女はすたすたと進む。そんなにかかとの高い靴で、どうしてその速さで歩けるのかが不思議でならないが、僕は負けじと革靴を回転させる。

「じゃあ、どうして空を見ていたんだ?」
 尋ねると彼女は、小さく声を立てて笑う。
「大粒の涙の理由を知りたかったのよ」

 何にでも理由を求める彼女は、傘を差さずに空に訊いていたのだ。どうして、雪という涙を溢すのか、と。
「寂しいの」
 空の心情を代弁する。
「寂しい?」
 嫌な部分は雲で隠す、と、あれはまだ僕らが大学生だった頃に話していた。それでも堪えられなくて、雨で声を上げるのだ、とも。

「辛い、と声を上げているのに、誰も手をさしのべてくれない。悩みは解決しない。だから、泣くの」