春のはじめに雪が降る。
 彼女は空を不思議そうに眺め、雪を被って立ち尽くしていた。

「風邪、引くよ」
 僕は傘を差し、彼女の肩や髪に乗った雪を払う。
「中で待っていれば良いのに」
「遅れて来て偉そうに言わないで」
「まだ約束の五分前だよ」
 長い髪はしっとりと湿り気を帯び、冷たい。待ち合わせ場所とした喫茶店の窓ガラスは曇っていた。

*
 今日は、舞台を見に行く約束だった。彼女の好きな女優が主役を演ずるのだという。有名な役者らしいが、普段演劇に全く興味のない僕には耳遠い名前だ。
 仕事を早めに切り上げて外に出る。雨の中を急いで駅に向かった。