「で、何か用?」
 僕は目を閉じる。彼女の出現で火照った僕を笑うように梢が騒ぐ。
「あら、用がないと彼氏サンの傍に居ちゃいけないのかしら」
 カラカラと彼女は笑う。それは梢の笑うのと良く似ている。
 煙草の火を灰皿で消す音が聞こえた。そしてふわりと花の香り。彼女の髪が僕の鼻をくすぐる。
「服が汚れるよ」
 僕の隣に寝そべる彼女は、また笑う。よく笑う人だ。木々を揺らし、白い雲を東へ動かす、秋の風のような笑い。
 一頻り笑うと、彼女は黙った。僕は目を開けて、青空に雲の流れるのを眺める。午後の陽を遮るものはないけれど、それも心地良いと感じる季節。時間と雲を動かす風が、僕らの上を過ぎていく。

「ありがとう」
 唐突に彼女が言った。何のことだろうと思考を巡らす。思い当たる節、は。
「百害あって一利なし。ちゃんと禁煙しな」
「違うわ」
 彼女は上半身を起こした。彼女の端正な顔が僕の視界を覆い、そして何も見えなくなる。彼女の柔らかい唇が、僕のそれに当たった。
「ありがとう、私を見つけてくれて」
 僅かにニコチンのにおい。それでも降り注ぐ言葉は甘い吐息と共に。
「俯いてばかりの私に、空があることを教えてくれて」