家に帰ると、母が庭に水を撒いていた。
「ただいま」
「あら、ずいぶん早いわね。ああ、待ちなさい」
 濡れた地面が熱りを冷ます。母はホースを置いて水を止める。勝手口から家に入って、玄関から現れた。
「ほら」
 と言って、手に摘んだ塩を私に掛けた。
「辛くて、終わる前に出て来ちゃった」
 母に嘘の吐けない私は、それだけ言って家の中に入った。

 部屋に入り、冷房を入れる。服を脱いでハンガーに掛けた。汗を随分吸ってしまった喪服は、母の物だ。後でクリーニングに出さないと。
 暑苦しいストッキングも脱いで、Tシャツにジーンズという楽な格好になった。それからベッドに横たわって目を閉じる。遺影の中の、憬子の笑顔が瞼の裏に映し出された。私は静かに涙を流した。