「わたくしの望みは、幸せになることではありません」
 千吉は赤くなった左の頬を押さえて、うつむいていました。
「わたくしの思う方に思われたいのです」
 いつかと同じことをわたくしは千吉に言います。千吉はまだ顔を上げません。

「わたくしは、千吉のことを思っています」
 いつも千吉のことを思っています。何につけても千吉のことを思います。
「千吉はわたくしのことを思ってくれていますか」

 この馬屋でこっそりと、何度となく、それこそ毎日のように会いました。わたくしが千吉の温かさを感じるのと同じように、千吉もわたくしの熱を感じていたでしょう。わたくしをいとしいと思ってくれていたのでしょう。

 わたくしの声に涙が混じりました。何も答えない千吉、先の祝いの言葉、見知らぬ方へ嫁ぐこと。その不安。不安が涙となってわたくしのおもてに現れました。
「千吉」
 わたくしはその名を呼びます。千吉は顔を上げず、左手は頬につけたまま。
「口がきけなくなってしまいましたか、千吉」