「赤い目玉のさそりから、広げた鷲の翼まで」
 空を見上げながら、彼女が呟く。
「星めぐり、か」
 僕もつられて夜空を見上げた。

 昼間に小雨を降らせた雲はどこかへ消えて、四日目の月が西の空にある。電飾やネオンサインはおろか、街灯さえ少ない田舎町。小さい頃から歩き慣れた道の、両側に続く田んぼからはカエルの鳴き声が絶えない。

 祭の喧騒はもはや遠く、僕の雪駄と彼女の下駄の足音、それと僕が押している自転車のタイヤが回る音が響く。

「乗る?」
 と、僕は何度目かの質問をした。
「重いからいい」
 と、何度目かの返答がある。

 闇に紛れる藍染めの浴衣に、紫の帯。長い髪は小さくまとめられている。
 折れそうな程に細いくせに、そういうことを言う。

「仕事は大変?」
 彼女は空を見上げたまま、僕に聞く。
「それはお互い様だよ、たぶん」
 別々の高校を卒業した僕らは、再び生まれ育った町に戻っていた。
「そっか」

「晴れて良かったね」
 彼女が天を指差す。
「うん」

 南の空に、赤い星がある。左右にも星を従えて胴体とし、その右にあるのが蠍の頭。
 そこから、目線をぐるりと東に移す。数え切れない星の隊列は、天の川。

「琴座のベガ、鷲座のアルタイル、白鳥座のデネブ」
「織女と牽牛、それと白鷺」
 そう言って、天の川に光輝く星を指差し合う。

 彼女が立ち止まった。僕もそれに倣って止まると、唯一の人工の光だった自転車のライトが消える。

「今年は会えたかな」

「きっと」

 自転車を片手で支え、空いた手で彼女の手を探す。見つけて、その細い指を握った。

「また会えるかな」
「うん、きっと」

 歩き始めて、再びライトが点く。僕らは手を繋いだまま、雪駄と下駄の音が続く。
 天上の二人の逢瀬よりも、地上の僕たちの時間が愛しい。

おわり
* * *
2008/07/07